充の親からの仕送りは3万円だった。
でも充は当時、俺と同じ4万円の家賃がするアパートに住んでいた。
充はバイトもせず暮らしていたことを知っている。
一度バイトをしたことがあったがすぐに辞めてしまったのも知っている。
大学時代は充がどうやって生活していたのか考えもしなかったが、俺は親からもらっているか貯金があるのだろうと思っていた。
今思うと充はどうやって生活していたのだろうか。
東郷が言うには、智樹から金をもらっていたんではないかと。
充は智樹に買われていた可能性があると。
充の過去
充の家はとても貧乏だということを聞いていた。
子どもの頃、ゲームも買ってもらえず、友達の家でゲームをしていたそうだ。
お金がなかったため、人に気に入られることが充が生きるたった一つの術だったのかもしれない。
充は人から好かれる方法を熟知しているように見えた。
充はなんとも愛くるしく愛おしくなるよう行動をとるのだ。
充は人から好かれるために生まれてきたのではないかと思うほど、愛嬌のある青年だった。
充は自分が貧乏であることを毛嫌いしている感じもあった。
貧乏であることで相当苦労してきたたのだろう。
でもどうしてか充はバイトをしていなかったんだ。
だからみんな充は底辺の人間だなんて冗談を言っていた。
充は智樹に援助してもらっていた
東郷が言うには充は智樹からお金をもらっていたのではないかということだ。
智樹は実家から仕送りを20万円もらっていた上にギャンブルが非常に上手く、パチスロでも儲けていたようだ。
麻雀も非常に強く、賭け麻雀をしていたとしたらかなり儲かっていたのかもしれない。
その割にはとても質素な生活をしていた。
俺や充と同じようなぼろアパートで生活をしていた。
充は大学入学当初は貯金を崩して暮らしていたと聞いたことがある。
2年を過ぎたあと一度はバイトを始めたのだが、すぐに辞めてしまっていたのだ。
その後、充がアルバイトをしたということは聞いていない。
充は俺とケンカをしたあと、引っ越しをした。
引っ越しの日には親が来ていたようだが、引っ越しの資金は親が出したのだろうか。
もしも智樹が出していたとしたら。
そしてその代償に智樹は充と関係を持っていたとしたら。
これは想像だから、本当のところはわからないが、充と智樹は一体どういう関係だったのか。
智樹が思い描く未来
東郷は智樹の考えていることを推測していた。
「智樹は今はただの社員だけど、ゆくゆくは会社の役員になることが決まってるそうや」
「そうなんだ」
「うん、今は普通の社員だから充を自分の会社に入れてやることはできないけど、もし役員になったら会社に入れることくらいできるんじゃないか?」
「そうか。でも充と智樹が付き合ってるとして、どうして離れ離れで暮らしてるんだ?」
「そりゃ、家族に自分がゲイだと言っていないからだろう。東京ではゲイとかオープンにしている人が多いけど、地方ではまだおっぴろげにできない人も多いんじゃないか?それに正志みたいに自分がゲイだと打ち明けられる人なんて少ないと思うよ」
そうか、それは納得できる。
「でも、なんで離れて住んでるんだろう?一緒に住むことはできないけれど、近くに住むことならできるんじゃないか?」
「智樹は60万円の給料をもらってるんだぞ。そんな会社を辞めるはずがない」
「でも充は引っ越そうと思えば引っ越せるはずだよ」
「充は地方公務員だから、広島でしか働けないんだよ」
「そうなんだ」
「充は智樹の言うことを聞いていれば将来、智樹の会社で働かせてもらって一生安定した暮らしができると思っているんだと思う。智樹が役員になったら、充を守ってあげられるだろう。充が好きな智樹は一生同じ会社で暮らせるんだから幸せじゃないか」
「智樹はとても運がいい奴なんだな」
智樹は親戚が経営する会社で勤めているんだ。
黙っていたら必ず役員になれるんだ。
本当に生まれた家が違ったんだな。
こんな人生が本当にあるのか。
俺は智樹に最初から負けていたのかもしれない。
智樹は充と出会ってどこかのタイミングでこのことを打ち明けたんだろうか。
もし俺が智樹にこんなことを言われていたとしたら、智樹に身をまかせるようなこともするかもしれない。
なぜならもう何も考えなくても、将来安泰なんだから。
「でもなんで充はわざわざ智樹と一緒にいたことを打ち明けたんだろうか。本当に自分がゲイであることを隠したいならわざわざ男に会いに行くために、2時間もかけて通ったりしたと言わないんじゃないか?もしも智樹と付き合っていると言うことがバレたら、計画結婚だったと言うこともばれてしまうかもしれない」
「充は嘘をついたら大変なことになるんだ。だから全部本当のことを言っている」
「でも計画結婚だということに対しては嘘をついているじゃないか」
「それが計画結婚だったかどうかなんて証明できないんだよ。通っていた場所がどこかどうかは証明できるけど、借金を知らなかったことを勝目することはできない。それに智樹が付き合っていないと言えば、2人は付き合っていないことになる。どの道この裁判は充が勝つようにできてるんだよ」
充は勝つ。
本当にそうなんだろうか。
でも裁判で人の感情を証明することはできない。
本当に充が計画結婚をしようとしていたことなんて証明できない。
でも本当に隠したいんなら、どうして充は智樹と会っていたなんていう危ない橋を渡ったんだろうか。
本当は智樹と充は付き合ってないんじゃないか?
東郷が言っているのはどこまで真実なんだろうか。
智樹と充は本当に大学時代から付き合っていたんだろうか。
今でも智樹と充は付き合ってるんだろうか。
「充と智樹は毎週会って何をしてたって言ってるの?」
「麻雀をしてたんだって、しかも2人で」
「2人で」
「麻雀は2人では普通やらないんだ。2人で麻雀をやってもつまらないから絶対にやらない。でもあいつらは2人で麻雀をやってたって言ってるらしい」
ルドラとの関係
俺はルドラと別れてから1週間後には元気になっていた。
でも時々急に寂しくなることがあり、アプリで知り合った人にルドラのことを相談していた。
偶然10年連れ添った彼氏と最近別れたという男性がいたので、俺は会うことにした。
健吾は俺の気持ちをわかってくれる人だった。
南米に住んでいた彼は様々な宗教の人と話したことがあるそうだ。
ルドラは神のお告げが来たらかフランスへ行くことを決心したと言っていたのだ。
3年も連れ添って家族のような存在になれたのに、急に遠くへ行ってしまったんだ。
俺はルドラと一緒にいた3年間は本当に楽しくて今までで一番幸せな時間だと思っていた。
ルドラもそうだと言ってくれた。
でもルドラは神のお告げを聞いて俺を捨てて、旅立っていったんだ。
俺よりも家族が大事だといって、旅立っていった。
母親のために彼女を作ると言って。
ルドラは本当に良い人だったのに、どうして最後にそんな薄情なことをしたんだろうか。
俺はルドラだったらそんなことをしないと思っていたから一緒にいたのに。
最後の行動は理解できなかった。
「でもイスラム教徒にとって神の言うことは絶対なんだよ。神が言うことに背いたらそれこそ薄情者だ」
「そうなんだ」
「それに、海外の人は日本人より家族を大切にするんだよ。家族は仲間なんだ」
「そうなんだ」
俺はそれを聞いてルドラが毎週、家族に電話をかけていたのを思い出した。
俺はルドラがすごく家族を大事にする人だから付き合ったんだ。
「でも日本では親から離れることが親孝行だって言うじゃない?便りのないことが良い知らせだって言う」
「そういうふうに思っているのは世界的には珍しいかもしれない。海外の人はそんな風に思っていないよ。家族は同志なんだ。それに海外では自分がゲイだなんて言ったら殺されてしまうと思うよ」
「そうなの?でもアメリカではすごくオープンじゃないか」
「アメリカはね。そういう国も増えたけど、まだまだそんな国は少ないんだよ」
「そうなんだ」
「ルドラは薄情な人じゃなかったのかな?」
「良い人だったんでしょう?」
「うん」
「じゃあ本当に神のお告げが来たんじゃない?そうじゃなきゃもう連絡なんてとってくれないと思うよ。少なくとも嫌いになったわけじゃない。まだ好きなんだと思う」
「じゃあ本当に神のお告げに従っただけなんだ?」
「そうだよ」
「じゃあ俺はあの時祝福してあげればよかったのかな。よかったねって言ってあげればよかったのかな?」
「それは悲しいんじゃない?好きな人に祝福されるのは違うと思う。だからまさくんがしたことは間違ってなかったと思うよ」
「でも俺ルドラのことを薄情な人だと言ったんだよ。仲良くしていた人を捨ててフランスに言ってしまうんだから」
俺はひどいことをしてしまったのかもしれない。
ルドラは本当は悲しんでいたのかもしれない。
神に告げられて、嫌々フランスに行ったのだろうか。