ルドラの自転車に乗りながら、コンビニへ向かった。
ルドラがフランスへ行く前、2人でよくコンビニへ向かったことがあった。
話をすることも、何も話さずただ自転車を漕いでいるだけの時もあった。
俺はあの時間がとても好きだったのかもしれない。
ルドラの自転車から見る景色。
ルドラはこんな景色を見ながら自転車を漕いでいたんだ。
ルドラに俺はどう写っていたんだろう。
そう思うと、なんだか悲しくなってきた。
今はもうルドラはいないんだと思った。
俺たちはよく休日にコンビニへ昼食を買いに出かけた。
今思えば昼食くらい作ってあげればよかったと思う。
ルドラは豚肉を食べれないから、何を買おうかすぐに決められなかった。
俺もルドラが食べれないものは出来るだけ避けるように選んだ。
俺はルドラと一緒に買い物をするのが好きだった。
ルドラが悩むからいつも時間がかかるのを嫌がっていたはずなのに、本当はそれも心地よかったのかもしれない。
今まで憩いの場所だったコンビニが今では1人で辛い場所になってしまった。
帰りには寂しさが、もっと押し寄せてきた。
コンビニの帰りルドラが前を走ったり、後ろを走ったり。
ルドラが俺とは違う道を選んで「なんでそっちに行くんだろう」と少し腹を立てたり。
それでも本当はとても幸せだったのかもしれない。
家に着いて、服をハンガーにかけたら涙が急に溢れてきた。
もう乗り越えられたと思っていたのに、俺はまだルドラのことを忘れられていなかったんだ。
そう思うと余計に悲しくなった。
涙がどんどん溢れ出てきた。
飼い猫のピーちゃんはいつもと少し違う表情を見せていた。
現実は現実
その後、俺は美佳子さんの弁護士・向井さんに連絡した。
「お久しぶりです。先日会った田宮の大学の時の友人の葛西です」
「え、ああ。どうされたんですか?」
「もう一度田宮と冬本の関係を調べてもらえないでしょうか?」
「調べるってどうしてですか?」
「依頼人以外の依頼を受けることはできません」
「そうですか、ですがもしも田宮と冬本の関係を証明できれば、神山さんを救うことができるかもしれません。田宮と冬本ははじめから神山さんを騙そうとして結婚したかもしれないんです。それを証明するには田宮と冬本の関係が以前から続いていたことを認めさせることなのではないでしょうか」
「葛西さん、それはできませんよ。もしも葛西さんが言っているようにあの2人にそういう関係があったとしても、2人が認めなければそれを証明することはできないんです。2人がそんな不利な証言はしないはずです。もしも本当にそうだったとしてもそれを証明することが難しいです」
「ですが、それを証言させるのが・・・」
「どうかわかって頂けませんでしょうか」
そう言って、向井さんは電話を切ってしまった。
田宮と冬本は美佳子さんを利用したのかもしれない。
それが事実だという可能性があるのに、どうして被害を受けた人が裁判で負けなければならないんだ。
智樹という男の正体
「俺、智樹がお前を嵌めたんやと思う」
「ん?どういう意味?」
東郷が昔のことを話してくれた。
「俺、正志がハブられる前、智樹に呼び出されたんや。智樹から電話がかかってきて、前田を連れてきて欲しいって」
前田は充と地元が一緒で前田も智樹と充とよく遊んでいた。
「俺と前田が行ったら、智樹が正志とはもう遊ばんようにしようって言ったんや」
「なんで?」
「最近正志は調子に乗ってる。充に馴れ馴れしいからって言ってた?」
「え、どういうこと?」
「俺と前田は別に正志が充に馴れ馴れしくてもいいやん思った。でもなんかそんなこと言えん雰囲気やったんや」
「そうやんな。俺と充が仲よくても別にいいよね」
「うん、智樹は他の奴には違うこと言ってた」
「ん?」
「太一と話した時、太一が智樹は正志から金を盗られたって言われたって言ってたんや」
「俺が金を盗った?」
「みんなで集まった時に正志が智樹の財布を触ってたって。あとで確かめたらお金が無くなってたって言ったんや。正志は金に困ってて金が無くなったら人から盗むようなやつやって太一は言われたそうや。太一はそれを信じてた。俺も信じた。だからお前と仲良くするのをやめたんや」
「え、どういうこと?」
俺が金を盗んだ?
どうして?
どうすればいいんだ。
東郷も俺を怪しんでるかもしれない。
「でも智樹と充が部屋で抱き合ってるのを見て、もしかしたら智樹がお前を嵌めようとしてるんかもしれんって思ったんや」
「ああ」
「それに俺はお前に金を盗られたことがないし。だから俺はお前とまた遊ぶようにしたんや」
「そういうことか」
東郷は俺が金を盗むようなやつだと思ってるのか?どうなんだろうか。なんて言えばいいんだ。
「俺は金に困っていなかったし、親も金持ちなんだ。もし金に困ったら親にもらうよ。それに俺は人からお金を盗んだりしない」
何を言っても怪しい人のように思えてきた。
俺は確かに金なんて盗んでいない。
でも智樹の財布を触ったという記憶はどこかにあった。
「これ、かっこいい財布やな、智樹」
「ん?ああ、そうか?」
10年前のことだから、記憶は曖昧だ。
だけどそんなことが会ったような記憶がある。
なんだか自分まで智樹の金を盗んだような気がしてきた。
だけど、俺は今まで一度もお金を盗んだことはない。
拾った財布も警察に届けたことがある。
自分が落とした財布が見つからなかったことがあるくらいだ。
「それで太一と周りの人は俺がお金を盗むやつだって思ってるってこと?」
「そうやで」
俺は大学の時智樹のせいでハブられたかもしれないんだ。
それから前田の結婚式、なぜか俺だけ結婚式に呼ばれず、悲しい思いをした。
俺は充が来るから呼ばれなかったんだと思っていた。
俺は金を盗むような危険なやつだから、呼ばれなかったんだ。
ゲイだから呼ばれなかったんじゃなく、危険なやつだと思われたから呼ばれなかったんだ。
そう思ったらすっとわだかまりが溶けるような気がした。
「てことは智樹って・・・やばいやつやん」
「・・・うん」
「でもよくバレなかったよな。もしバレてたら逆にハブられてたかもしれないのに」
「うん。めちゃくちゃ運がいいと思う」
「てか、あいつめちゃくちゃ運がいいな。生まれた家も金持ちで」
「でも智樹はこうなることをわかってたんかもしれん。だから、充の今回の裁判も裏で計画したんは智樹かもしれんのや」
もしそうだとしたら、美佳子さんは俺と同じように嵌められたのかもしれないんだ。
俺はそれを確かめたかった。
それに智樹に復讐したかったんだ。
俺が大学時代にハブられたのは智樹が嘘をついたからだったんだ。
「でもいずれにせよ俺は充に嫌われてたんだろうな」
「うん、まあ好きではなかったんやろうな」
まあ今となってはどちらでもいい話だ。
俺はもうすっかり充のことは忘れていたんだ。
「俺がさ、今度前田も太一も誘って正志と飲みに行けるようにするよ」
「え」
「でも前田と太一に智樹が嘘をついてたって言っていいのか?」
「いや、それは言わないで欲しい」
「だよな」
東郷は充と智樹との関係も保ちたいと思っているんだ。
だから当時も俺にこのことを言わなかったんだ。
でも今回は違った。
「充と智樹の関係さ。なんかお前とルドラくんの関係に似てたからさ」
「ん?」
「ルドラくんは計画結婚をしようとしてるんやろ?それって結局うまくいかないんじゃない?そう思って」
「うん」
そうだよな。
ルドラにもわかってもらいたい。
ルドラがしようとしてることは悲しいことなんだって。
どうすればいい
俺は東郷のことを裏切りたくはなかった。
でも智樹がしたこと、しようとしていることはどうしても許せるようなことではなかった。
人は自分の幸せのために人を陥れることがある。
俺はそんなことをするくらいなら、自分を犠牲にした方がいいと思っている。
自分の欲望のために人を陥れるようなことはしたくない。
でも智樹はそういうことをするようなやつだったんだ。
智樹に10年ぶりに会った時、あいつはどう見ても良い人のように見えた。
まさか人を陥れるような人には見えなかったんだ。
だから俺は10年前も智樹を疑うようなことはしなかった。
東郷が本当は嘘をついているのか?
誰が本当のことを言っているのか。
俺は確かめたかった。
でも俺が探れば、東郷に迷惑がかかるかもしれない。