「どうして、こんなことに?」
友寄が高橋に聞いた。
「現場で働いていた方が途中で抜け出してしまうことが頻発しています。これは以前友寄さんにもお伝えした件です」
「はい、聞いています」
「彼女は精神的に不安定な部分があると思います。なので仕方がないと思うのですが、神田さんはそれを許せないようで、彼女の手を取って抜け出せないようにしました」
「それで?」
「それで私はその手を振りほどいて」
「そうですか!」
「神田さんがおしゃった、この施設にいる人はそういうのを直さないといけないと、まるで病気のような、なんというか問題児のような扱いをしていて」
「そうですか」
「すみません、だから私カッとなって」
「わかりました。高橋さん、現場に戻ってください」
「あ、でも上司に声をあげてはいけません」
「すみませんでした」
「さあ、現場に戻って」
友寄さんは笑顔で高橋を見た。
「はい」
高橋は現場に戻った。
ほどなくして神田が現場に戻ってきた。
高橋は友寄に神田の元へ来るように言われた。
「お二人の事情お伺いしました。お二人ともそれぞれに意見があることもわかりました」
「高橋さん、神田さんも池辺さんを抜け出さないようにするよう工場長から言われていたんです。ですので、引きとめないとならない事情がありました」
「ええ」
高橋はうなづいた。
「高橋さんがおっしゃっていたことも神田さんに伝えました。神田さん高橋さんがおっしゃることわかりますよね?」
「はい」
「神田さん、すみませんでした」
「いえ、こちらこそ」
二人は元のように現場に戻り、作業を再開した。
池辺はその日戻ってこなかった。
池辺はそれから数日現場にこなくなってしまった。
高橋は中庭に行った。
友寄はいつものように、中庭で花を見ていた。
「こんにちは」
高橋は友寄に声をかけた。
「こんにちは、調子はいかがですか?」
「順調です」
「そうですか、今日は天気が良いですね。お仕事は終わられたんですか?」
「はい、あの前途中で抜け出してしまった池辺さんのことですが」
高橋がうつむきながら話し始めた。
「彼女あれから顔を見せなくなってしまって。私も関わった一人なのでなんだか心配で」
友寄は少し微笑んだ。
「そうですか」
「友寄さんは池辺さんと面識ないでしょうか」
「私は彼女と何度かお話をしたことがあります」
「そうですか。彼女と連絡を取られたりしていないんですか?」
「私も心配なのですが、あれから連絡は着ていません」
「連絡先、ご存知なんですか?」
「はい、ですが高橋さんにお伝えすることはできません」
「はい、ですよね」
高橋は唇を噛み締めた。
「でも私から池辺さんに高橋さんとお話ししてはどうかと連絡することなら可能です」
「え」
「気になるであれば、お話をしてみてください。そのついでに彼女のご様子も」
「わかりました。ではお願いします」
高橋は不安そうな顔をしているが、前よりは少し元気になった。
「ですが、彼女が抜けるのは・・・」
「わかります。ですが、努力をしなければなりません。ここも最低、3時間働くというルールがあります」
「このままでは、彼女はここから出て行ってしまうかもしれません」
「そうですよね」
「高橋さん、きっとあなたなら彼女を救うことができると思います。もちろん私も彼女のカウンセリングを続けます。一緒に頑張りましょう」
「わかりました」
「池辺さんに会って何を話せばいいんだ」
高橋は友寄から池辺との待ち合わせ場所を聞いた。
「くれぐれも外部に漏らしてはいけませんよ!信じていますよ!」
「わかりました」
「って聞いたのはいいけど、本当に来てくれるかな」
友寄は池辺と高橋が渋谷のカフェで会えるよう取り計らってくれた。
「あ、高橋さん久しぶり」
「ああ、池辺さん」
二人はカフェに入った。
「どうしたんですか?急に」
「急にって君、施設に戻ってきてくれませんか?」
「えー嫌です」
「そうでしょうね。でも所長がいるとやりにくいですよね」
「はい、私が悪いんですけど、あんな風に感じが悪くなっちゃったので」
「そうですよね。行きづらくなっちゃいましたよね」
「どうしようかな」
2人はドリンクを飲んだ。
「そういえば、池辺さんはあの仕事どうしてやってたんですか?」
「あの仕事って」
「ああ、アクセサリーを作るやつです」
「ああ」
「だって、池辺さんはそんなに収入に困ってないですよね?」
「ん〜、そうですね。でも私アクセサリー作るのやってみたかったんです」
「そうなんですか。池辺さんのアクセサリーってすごく丁寧に作られていますよね。僕のなんか全然ダメで」
「そうですか?」
「はい、いつも前で見ててすごい綺麗だなって思ってました」
「そんな」
「池辺さんもう一度一緒に作業しませんか?」
「どうしてですか?」
「いやなんていうか、僕が所長さんとの関係を壊してしまったかなって、あんな感じに騒がなければ問題にもならなかったし、池辺さんだって戻ってこれたんじゃないかと思って」
「そんなことないですよ。高橋さんが言ってくれて、ちょっとすっとしました」
「やっぱり聞こえてましたか」
「いいですよ」
「え」
「いいですよ。わかりました。戻りますよ」
「まじですか?いいんですか?」
「はい」
「あ、ありがとうございます」
池辺は笑顔で対応した。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです」
池辺が笑った。
「でも嬉しかったです。こんな風に来てくれる人がいるなんて思わなかったですから。実は私家で1人で寂しくしてるの苦手なんで、早く誰かが迎えに来てくれないかなって待ってました」
「そうだったんですか」
池辺は嬉しそうにうなづいた。
「でももう途中で抜けるのはやめなきゃいけないと思います」
高橋は言いにくそうに言った。
「なんでですか?」
「え、それは・・・」
「そうですよね」
「だから教えてくれませんか、なんで抜けているのか」
「それはできませんよ」
「なぜ?」
「人には言えない事情もあります」
高橋はうなつかざるを得なかった。
「無理には聞きません」
「まあでも、戻りますか!」
「あ、はい」
二人は施設に戻ることにした。
「あの、とりあえず理由はなんでもいいので、途中で抜けるんじゃなくて、現場で休むっていう風に変えてはどうでしょうか?」
「現場で休む?」
「はい、逃げたくなったら休憩して少し休んで戻ってくるとか」
「んーわかりました」
「あと教えてもよくなったら言ってください。なんで抜けちゃうのか。一緒に解決しませんか?僕なんかじゃ無理かもしれませんけど」
「無理だと思います。高橋さんには」
「えーw」
「嘘ですよw」
「じゃああとで友寄さんと3人で話しませんか?そこで理由を聞ければ」
「んーそれならいいですよ」
「わかりました。ではこれから」
「え、今から?」
「はい、友寄さんも心配していたので」
「すみません、急にお呼びたてして」
高橋と池辺が友寄さんがいる中庭へ着いた。
「いえ、お2人お揃いで」
「はい」
「陽子ちゃん、おかえり」
「すみません、友寄さん」
「もう見ないって約束では?」
友寄が池辺に話しかけた。
「でもそれは無理です」
「そこを堪えないと」
友寄は池辺の目を見た。
池辺は目でうなずいた。
「池辺さんはSNS恐怖症です。自分のことが話題になっていると思うと気になって見てしまって、誹謗中傷があると苦しくなってしまうんです」
「そうでしたか」
高橋が納得した顔をした。
「では、見なきゃいいんじゃないでしょうか?」
「そうですけど、彼女は見てしまう」
「あー、そうですか、なら工場へ行く時、スマホを部屋に置いてくるのはどうでしょうか?
「え」
池辺は顔をしかめた。
「それはいいかもしれませんね。スマホがなかったら見れない」
「でも」
池辺は不安げな顔をしている。
「池辺さん、それをやってみませんか?」
「3時間も?」
「3時間です」
「無理です」
「無理じゃないですよ!」
高橋は池辺をおだてた!
「では友寄さん、それで行きましょう!」
「えー」
「池辺さんは仕事にスマホを持ち込まない!というかその方が今後もいいと思います」
「そうですね。少しでもスマホから離れたら恐怖症も克服できるようになるかもしれません」
「はい」
「わかりました。じゃやってみます」