「あ、こんにちは、いらっしゃいませ」
池辺が店に出て働き始めたようだ。
池辺が働き始めた店の客は普段池辺が出ていた番組を観ない人ばかりで、池辺は芸能人だと全く気づかれていないようだった。
それにユニフォームを着て、雰囲気もわざと変えたため、池辺を知っている人だったとしても、似ている人としか思えないのではないかと思うほどだった。
池辺は順調にアルバイトを続けられていたのだ。
それで、生計を立て直すことができるようになるかもしれない。
もし安定的な給与が入ってきたら、またオーデションを受けチャンスをもらえるかもしれない。
そう考えると、池辺は自然と顔に笑顔が戻ってきていた。
人生、悪いことがそう長く続くわけではないのだ。
だからこそ、生きていられるのかもしれない。
「おい、お前何してんだ、早くやれよ」
光は施設で本格的に働き始めていた。
だが一度もアルバイトをしたことがない光は要領がとても悪くて使い物にならなかった。
その上ここにいる施設の人たちはコミュニケーションがあまりうまくない人たちが多かったため、光はいじめの標的となっていた。
そんな光を今岡は遠くから冷ややかな目で見ていた。
光は慣れない仕事をさせられ、逃げ出したい一心だった。
だが幸いにしてルミエールでの仕事は3時間と決められているため、我慢する時間が3時間しかないことが心の支えとなっていた。
だが毎日仕事場に行けば邪魔者扱いされ、いじめられてしまうことに耐えられなくなりそうだった。
「光、仕事はどうなの?」
みことが光に聞いたが、光は答えることができなかった。
「仕事頑張ってるのね」
それでも光は何も言わなかった。
「お仕事慣れてきたの?」
光は何も答えない。
みことは咳をした。
あまり体調がよくないようだ。
「光?」
「うん」
「お母さん」
「どうしたの?」
「なんでもない」
「そう」
「僕」
「うん」
それからまた光は黙ってしまった。
光の目には涙が溜まっていた。
みことの目にも涙が溜まっていた。
高橋がオフィスで働いていた。
この頃、高橋は自分が上司に意見することが問題で仕事を続けられないことがわかっていたし、それが自分の欠点であることもわかっていた。
そして何度も仕事を変えているうちに次の仕事を探している間のつなぎの期間にお金を使い、貯めていた貯金も残りわずかとなっていた。
そのため高橋はもう何があっても上司に楯突かないことを心に決めて新しい場所で働き始めた。
「高橋さん、それっていつまでにできそうですか?」
高橋の担当していた案件は明らかに量が多くて、客が提示してきた工数では難しいのが見えていた。
高橋が答えるべきだったが、上司がすかさず言った。
「あ、できる限り納期に間に合うよう努力します」
高橋の上司は客の提示してきた工数に無理があるのに、客の提示してきた納期までに間に合わせるよう高橋に圧力をかけていた。
高橋は連日残業をし、それでも納期に間にあわせることができず耐えず焦っていた。
そのため、ちゃんとテストをせずに納品することになった。
「高橋さん、本番で実行するとここで止まってしまいます!」
「す、すみません。すぐに改修します」
「はい」
高橋が作成した納品物は問題が多く、ミスもあった。
これは全て無理な納期のせいだった。
しかし、高橋はこの仕事がクビになっては貯金が本当に保たなくなると思い必死で無理な要求に従い続けたのだ。
連日残業をこなし、問題が起きないかとビクビクしながら作業をしていた。
全部自分の要領が悪いからうまくできないんだ。
そうやって自分を追い詰めて、脳を酷使した。
休日になっても疲れは取れなかった。
それでも知人と出かけてリフレッシュしてなんとか仕事でのストレスと戦っていた。
ここで経験を積むことができたら、自分は成長できる。
そう言い聞かせてストレスと戦いながらも自分を鼓舞し続けたのだ。
3ヶ月後、契約の打ち切りを言い渡された。
一番恐れていた現実がやってきた。
高橋が作った作成物の不備が多いという理由から契約を打ち切られたのだ。
同じ納期でもきちんとやれる人がいるのが大きな痛手だった。
自分は仕事ができないんだ。
そうやって高橋は自信も失っていた。
もう貯金がない。
次の仕事を探している間にお金が尽きたらどうしよう。
しかしそれでも今回働いた分の給与が入ってくる。
それだけが支えだった。
しかし3ヶ月しか続かなかったという履歴が残ってしまったことは事実である。
その前の案件でも高橋は半年で問題を起こして辞めていた。
その前もその前も。
流石に次の仕事は決まりずらかった。
それでも派遣の仕事が見つかり、問題が解決したように見えたが、またその仕事も長くは続けられなかった。
高橋はうつ状態になりかけていた。
たとえ新しい仕事が決まったとしても、何か問題が起きてまた契約を打ち切られてしまうかもしれない。
そんなことを考えて先のことを考えると恐怖を感じていたのだ。
本当は自分だって安定した職に就きたいのだ。
だがどうしても仕事を長く続けることができない。
いい会社だと思って入ったところにも、嫌な上司がいたり嫌な客がいるのだ。
みんなそれを我慢してうまくやっているのだ。
仕事はそういうものだ。
わかっているが、自分にはどうしても要領よく同じ仕事を続けることができないのだ。
お金はどんどん減る一方で、貯まったらあれをしよう、これをしようと描いていた夢も実行に移せずにいた。
そんな時テレビで見たルミエールの存在を知り、高橋は見学しに行った。
そこのシステムを見て、ここでならやっていけるかもしれないと、高橋はここで働くことを決めたのだった。
もちろん高橋はフルタイムで仕事ができないわけではなかった。
そのため3時間の勤務を終え、8時間時には10時間ほど働くこともあった。
ようやく見つけた自分の居場所だと思えたのだ。
だがそれでも自分はまたいつ追い出されてしまうのかと怯えながら働いていた。
高橋はまた、友寄がいる中庭へやってきた。
「友寄さん、池辺さんが出てから3ヶ月ですね。彼女うまくやれているんでしょうか」
友寄はにっこり笑った。
「やれているんですよ。やれているからこそなんの返事もないのかもしれませんよ。そのうちひょっこり現れるんじゃないでしょうか。あるいはもしかするともうすぐテレビで復帰なんてニュースが流れるかもしれませんよ」
「そうですよね」
「はい」
「高橋さん、調子はどうですか?」
「はい、僕はとてもよくやれています」
「そうですか、ではぼちぼちここを離れる準備をされてみてはいかがでしょうか?」
「え」
高橋はここでも追い出される時が来たのかと驚いた。
「ここも商売ですので、高橋さんが社会に復帰できるのあれば、復帰し次の方を受け入れたいと思っています。この場所はそう長くいるために作られた場所ではありませんので」
「そ、そうですよね」
「あ、いえもちろん無理にとは言いません」
「あ、はあ」
「でも私はもう高橋さんは復帰できるのではないかと思ったので」
「それってつまり、僕はもうここにいれないと」
「いえ、そんなことはありません。ここは強制するようなことはありません。それに復帰は高橋さんにとって良いことだと思います」
「ええ、ですが僕はまた違う場所で働いたら問題を起こしてしまうかもしれません」
「でもそうじゃないかもしれません」
「まあ」
「もしもダメだったら、また戻って来れば良いと思います」
「でも次はすんなり入れるかわからない状況ではないんでしょうか。毎日ここへ受付に来ている人が増えていると聞いています」
「そうですね。それはありえますね。ですが、そのときも今と同じ状況が続いているとは限りません」
「確かに」
「それに今度は続けられるかもしれないのですから」
「わかりました。では、日中に就職活動を行ってみます」
「はい、素晴らしいと思います」
高橋は複雑な気持ちだった。
なんだか追い出されてしまうようなそんな気持ちだったのだ。
だが、もうしかしたらまた社会で正常に働けるかもしれないと思うとワクワクする気持ちもあったのだ。