【『ゼロ 一攫千金ゲーム』3話】標が言ったことの意味とは?

ドラマ

スナオさん(杉野遥亮)がリングのことを打ち明けた時、零さん(加藤シゲアキ)は怒りませんでした。

零さんは在全さん(梅沢富美男)とのやりとりで人がやることに腹をたてることには、意味がないと悟ったのかもしれません。

怒ったり許したりしたくない

俺は怒ったり許したりしたくない、できれば。

そもそもこうあるべきとか、こうじゃないと許せないと執着してしまうから、人は許せないと思ったり、怒ったりするんじゃないですかね。

相手を縛るのではなく、自分を緩める。

あるがままです。

川の流れのように、あるがままを受け入れて、ただ流れていく。

そうすれば、誰もがいつかは大海、凪の心、無我の境地にたどり着けると思うんです。

凪の心とは、穏やかで安定している心のことです。

王になるような人は、人のことをいちいちとやかく言うべきではないと思ったのかもしれません。

今の状況は苦しくて、辛いかもしれませんが、そういう時でも決して怒らず、耐え忍ぶべきなのかもしれないと言っているように思います。

人のことを怒らないなどできないかもしれません。

自分と関係のない人にまで腹をたてることがあります。

けれどそれはあまり意味のないことなのかもしれません。

できれば怒らない方がいいでしょう。

自分にどうしても悪影響がある時も、一歩下がって考える必要があるのかもしれません。

上に立つ人もそうである必要があるのではないでしょうか。

標はなんと言った?

「クォータージャンプ」を終えた後、標さんはこう言いました。

我が身がかわいければ。

鏡のことだよね。

逆に混乱した。

だって僕がディスることは、零が失うってことだ。

余計なことしないで。

これはどういうことなのでしょうか。

ディスるとは侮辱することです。

つまり標が零を蔑むことになるということ、つまり零に勝つことです。

それは零がリングを貰えないということだと言っているのではないでしょうか。

恩を着せられたら逆に色々考えてしまうと言いたかったのかもしれません。

標は零が自分を混乱させようと、わざと助言したのではないかと思ったのかもしれません。

零は標が落ちないよう助けなければと思い、助言しましたが、頭のいい標にはそれは、逆に混乱させることになったのです。

優しさも一歩間違えれば、悪になるということかもしれません。

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零と標

零は標にとって、面倒な人なのかもしれません。

人が良すぎるため、考えてしまう対象になっているのです。

零が標に優しくするのは、何かの策略だと考えることもできます。

零は頭のいい人です。

あらゆることを考えて、行動している可能性があります。

彼が考えていることは何重にも重なっている可能性があるのです。

そうだとすると、零は自分が有利にたてるよう、わざと助言している可能性だってあるのです。

まだ零がどういう人かわからない標にとって、零の意図を探るのがとても面倒なことなのかもしれません。