車で警察署へ向かう途中、俺は陸にティちゃんのことを聞いてみた。
「ティちゃんがいなくなったんだ。どこに行っちゃったんだろう」
「ティちゃんなら外に出かけたよ。外に出たそうにしていたから、僕が出してあげたんだ」
「え」
俺は陸を疑うような目で見た。
「なんでそんなことしたの?」
「え」
「えじゃないよ。ティちゃん、いなくなっちゃったんだよ」
「え、そうなの?でも」
俺はとても腹が立ってしまった。
他人の子どもなのに、こんなに怒ってしまっていいのかと、その時は考えもしなかった。
陸はバツの悪そうな顔をしている。
俺はゲイブリエルに電話をした。
「あ、ゲイブリエル、陸くんが、ティちゃんを外に出してしまったみたい。裏の戸だって」
「え、そうなのか、でもどうして」
「分からない、とりあえず、この子を警察に届けたら、俺もすぐ家に帰るからそれまで探してくれ」
「わかった」
「陸くん、ティちゃんは大切な家族なんだ。いなくなったら大変なんだよ。陸くんのお母さんだって、陸くんがいなくなって心配したから、警察の人に相談したんだって」
陸は俺の話に反応しなかった。
しばらくして、警察署に着いた。
「ああ、井崎さん」
昨日の警察官がロビーにやってきた。
「お巡りさん、お母さんは?」
「ああ、お母さんはまだいらしてないんです」
「そうですか?どれくらいで着きそうなんですか?」
「いや、今日は来ないよ?」
「え、どういうことですか?」
「なかなか忙しいみたいでね。こちらに来られるのは来週末になりそうなんだ」
「あ、そうですか」
仕事をされているのだとしたら仕方ないと思ったが、子どもが行方不明になったら、すぐにやってくる親もいるのではないかとも思った。
「では、陸くんはどうしますか?」
「ああ、それなんだが」
お巡りさんは、少し声のトーンを落として、「もう少し預かって欲しいんだ」
「え、どうしてですか?」
俺は思わず大きな声を出してしまったが、陸の顔を見て、声を小さくした。
「どうして僕たちなんですか?お巡りさんが面倒を見てあげたらいいじゃないですか」
「いや、でも君たちの方が陸くんも安心だろうし」
「どういうことですか?」
「だってもう一晩一緒に過ごしてるじゃないか」
「だからって、安心だなんてことは」
「とにかく、そういうことだから、もう少し頼んだよ」
「え」
「陸くん、今日は写真を撮らせてほしんだ」
お巡りさんはそう言って、陸くんを奥へ連れて行った。
俺は内心「まじかよ」と思ったが、子守は嫌いではないのでまあいいかと断念した。
「陸くん、あの人たちは優しいかい?」
「う、うん、まあ」
「そうかい、お母さんには早く会いたいかい?」
陸はお巡りさんにそう聞かれたが、首を傾げていた。
お巡りさんはその反応を見て、何か考えているようだった。
「ほら、終わった」
陸は写真を撮り終えると、俺の方へ歩いてきた。
「陸くん、帰ろうか。今日もおじさんたちの家に泊まることになったんだ」
「へえ。」
「なんだい、やっぱり自分の家に帰りたいかい?」
「別に」
そう言って、陸は駐車場の方へ歩いていった。
「じゃあそういうことだから、頼んだよ」
お巡りさんは笑顔で俺を見たが、俺は少し嫌そうな顔をして、警察署を後にした。
「さて、帰るか。あそうだ」
俺はゲイブリエルに電話をした。
ティちゃんはまだ見つかっていないようだ。
早く帰ろうとは思ったが、お腹が空いているので、スーパーで買い物をすることにした。
「さて、何にしようかな」
俺と陸はティちゃんのエサと昼ご飯を買って、家に帰ることにした。
家に着いたら、ゲイブリエルはまだティちゃんを探しているようだった。
「ゲイブリエル、ご飯を買ってきたから、先に食べてから探そう」
「ああ、わかった。あれ、陸くん、まだいるのか?」
「ああ、母親は来週末まで来れないみたいなんだ」
「ってことは、このままこの子を来週末まで預かるのか?」
「そうだ」
「でも、色々やることあるし、ティちゃんも探さないとだし」
「まあ、そうだけど、仕方がないんだ。警察も助けてくれないみたいで」
「そうなのか、まあなんとかするしかないな」
「ああ」
「よし、ティちゃんを探そう」
「ねえ、陸くん、ティちゃんはいつ逃げちゃったんだ」
「ティちゃんは逃げてないよ。少し散歩に出かけただけだよ」
「本当に?そうだといいけど」
「ティちゃんは朝、ニャーニャー泣いてて、外に出たそうだったから、あっちの扉を開けてあげたんだよ」
そう言って、陸は裏の扉の方を指差した。
「そしたら、ゆっくりと外へ出て行ったんだ。多分その辺を探検してるんだと思う」
「本当かな」
「そうだよ、そうに違いないよ」
陸は何かとても楽しそうに、話していた。
なんだか、陸がティちゃんをすぐに見つけてくれそうな予感がした。
しかし陸は俺たちがティちゃんを探している間も一向に探そうとしなかった。
「ねえ、陸くん、君もティちゃんを探してくれないか?」
「え、どうして?」
「どうしてって、ティちゃんが戻ってこなかったら、大変だから」
「そんなことはないよ。ティちゃんは必ず戻ってくるよ」
俺は少し苛立ったが、他人の子だから、そう怒ることもできないと思い、心を鎮めた。
ゲイブリエルと俺は何キロも離れたところまで、探したがティちゃんは見つからなかった。
途中何匹か猫を見かけたが、どれもティちゃんとは違ったのだ。
「ふー、ティちゃんは見つからないな。本当に見つからなかったらどうしよう」
「そうだな。まだ1日目だから、俺たちの家をまだ覚えていないはずだ。道に迷ってしまったかもしれない」
「どうしよう。朝もエサを食べてないから、もうお腹が減っているに違いないんだが」
「朝は僕がエサをあげたよ」
「え?」
陸がエサをあげたと言ったので、俺は驚いた。
「どうしてエサをあげたんだい?」
「どうしてって、ティちゃんがお腹を空かせていたからだよ」
「ああ、そうか、ありがとう。なら、夜まで待ってみたら戻ってくるかもしれないね」
「うん、そうだよ。ティちゃん戻ってくるよ」
「はは、ならいいけど」
ティちゃんの探索は一旦休憩し、俺たちは夕食の準備をすることにした。
思えばティちゃんは過去に何度も逃げ出していた。
1度目は俺たちが散歩に連れていった先で置き去りにしてしまい、30分後に元の場所に行ったら、もういなかったのだ。
猫がそんなにすぐに遠くへ行ってしまうなんて知らなかったから、俺たちはとても驚いた。
それはまだ飼ったばかりの話だ。
少しティちゃんを遊ばせてあげたかったんだ。
でも戻ったらティちゃんはいなくなっていた。
俺とゲイブリエルが必死で探すと、ティちゃんは木が密集したエリアに身を隠していた。
ゲイブリエルが呼ぶ声に遠くから反応したから見つけることができたのだ。
他には、窓の鍵が空いていて、それを自分で開けて出ていったこともあった。
俺たちは鍵を閉め忘れたことに気づかなくて、ティちゃんがいなくなったことにも気づかなかった。
慌てて外に出た時には、ティちゃんは近くの野良猫と喧嘩をしている最中だった。
その時は近所の家の車の下で喧嘩をしていたものだから、とても慌てたのだ。
ようやく喧嘩が終わり、ティちゃんが大人しくなったところで、捕まえることができた。
あの時もすぐにティちゃんは見つかったが、今回は一向に見つからない。
こんなにティちゃんが行方不明になったことは一度もなかったため、俺たちはとても焦っていた。
だが、陸だけは絶対に帰ってくると言い張り、探す気配がないのだ。