【ブログ小説】ここだけは確かな場所6

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陸は家に着いたところだった。
「陸、あんたなんであの人たちについていったの?もう2度とあんなことはしないで!いいわね」
陸の母親・凪子が陸をきつく叱りつけた。
陸は一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔を作った。

「陸?食事にするわよ。手を洗いなさい」
陸は黙って手を洗い始めた。
陸には兄弟が一人いた。
妹の空だ。
「空は偉いね〜。お母さんがテーブルに料理を用意し始めたら、すぐに手を洗いに行くんだから。ほんとこの子は賢いわ」
陸は心をどこかに置いてきたような顔をした。
「さあ、食べましょう」
「いただきます」
陸の家族が食事をし始めた。
「ねえ、陸、いつも言ってるでしょ?貧乏ゆるりをしないで。お母さん、それを見るだけイライラするの。空みたいに落ち着いて食べなさいよ」
陸は「ごめんなさい」と言って、ため息をついた。
「あら、陸、ため息はやめなさいよ。お母さんそういう音が嫌いなのよ。やめてくれない?」
「ごめんなさい」
「わかるわよね。細かいことかもしれないけど、あなたのためなのよ」
「はい」
「空はそういうの一度もしないわよね」
陸はコーラの蓋を開けた。
開けた時にコーラがプシューと言う。
「ねえ、陸、コーラはそっと開けてくれない?音がすると食事が台無しよ。」
「ごめんなさい。ふー」
「もう何度言ったらわかるの?ため息はやめなさい」
「ごめんなさい」
「空?陸は変な人のお家についていったみたいなのよ?お兄ちゃんのことどう思う?」
「ええ、そうなの?おかしいと思う。変だよ」
「そうよね?変よね?お兄ちゃんはいつも変なことばかりよね?」
「お兄ちゃんまた、変なことしたの?いつも変なことばっかり」
陸の家ではこんな会話が日常茶飯事だそうだ。
陸は逐一母親に注意され、妹にもバカにされ、家に居場所がないのである。

「陸くん、無事に着いたかな?」
「ああ、流石に着いてるんじゃないかな?」
「もう19時だし」
「そうだね。今頃家族でゆったりしてるんだろうね。でも昨日までいた小さな子どもがいなくなったら、少しさみしいね」
「はは、そうだね。陸くん可愛かったからね」
「うん」
「ティちゃんもなんだか寂しそう」
「はは」

陸はベッドで一人で寝ていた。
目には涙を溜めている。
陸が思い出していたのは、長野での知らないおじさんたちとの暮らしだった。
ここの生活よりも、あっちの生活の方が楽しかったのだ。
別に格段楽しかったわけではないが、嫌なことは一つもなかった。
あちらでは自分を何度も注意するお母さんのような人はいなかった。
陸はもう一度、長野の家に行きたいと思っていた。
どうしたら行けるかわからないが、もう一度あの家に行きたいと思っていたのだ。
「陸?まだ寝ていないの?もう寝なさいよ」
陸は灯りを消した。

「ねえ、昨日俺んち、長野に行ったんだぜ!」
「え、長野?」
「おお、長野のどこなの?」
「ああ、軽井沢だぜ、俺の家軽井沢に別荘があるんだ」
「へえ、軽井沢?それってどこ?」
陸は高速道路で見た軽井沢という文字を思い出した。
「ねえ、悠人くん、そこにはどうやっていったの?」
「どうやってって、電車に決まってるだろう?」
「電車?電車で長野まで行けるの?」
「行けるよ。当たり前だろう」
「え、陸くん、長野の行きたいの?」
「え、ああ別に、僕も昨日まで行ってたから」
「なんだって?陸が軽井沢に?」
「僕が行ったのは、軽井沢じゃないよ。東、御だよ」
「ひがしぎょ?そんな場所あるわけねえだろ」
「ひがしぎょだよ。あるよ、絶対にあるんだから」
「ほら、みんな授業を始めるわよ」
先生が入ってきた。
「どうしたの?ひがしぎょって」
「違うんだよ、陸がまた変なこと言ってるんだよ」
「陸くんが変なこと?」
「うん、陸が長野のひがしぎょって所に行ったことがあるって言うんだ。そんな所ないよね?変な名前だもん」
「ん〜ひがしぎょねえ」
先生は黒板に「東」と「御」を書き始めた。
「こんな字?」
「あ、うん多分。そうだよ!それだよ」陸は立ち上がった。
「これはなんて読むのかしら」
「みんなも調べてみて?考えてみましょ!」
「ええ!」
陸はとても楽しそうだった。あの確かな場所は夢ではなく現実だったんだと思える気がしたのだ。
あの漢字の読み方が分かれば、もう一度確かな温もりを感じられるようなそんな気がしたのかもしれない。
「はあい、ではわかる人?はい、白金くん」
「とうぎょ!」
「ああ、とうね。どうかしら」
「とうご!」
「ああ、惜しいわね」
「この字はね、なんて読むでしょうか」
そう言って、御という字を指差した。
「この字はみとも読むんですよ」
「へえ!」
「あ、とうみだ!」
「正解!陸くんすごいわね」
「東御」
陸はとても嬉しそうな顔をしていた。

「先生!先生は東御に行ったことがあるの?」
「どうしたの?ここ職員室よ?」
「あ、ごめんなさい。どうしても聞きたくて」
「東御?ああ、さっきの場所ね。行ったことがあるわよ。一度高速道路で通ったことがあるの。すごく綺麗で素敵な場所だったから、先生あとで調べてみたのよ。あの山々に囲まれたなんとも言えない景色が堪らないのよね」
陸は目を輝かせていた。
「陸くん、東御に行ったことがあるの?」
「あるよ!東御に一週間もいたんだ」
「ああ、陸くん先週ずっと休んでいたものね」
「うん、僕は東御にいたんだ。大きな家があってね、猫もいたんだ。だけど猫はいなくなっちゃったんだよ?僕とおじさんで一生懸命探したんだ。おじさんわね。もう一人のおじさんと住んでいてね。僕また会いたいんだ。ねえ先生、連れて行ってくれない?」
「え?なんで先生?お母さんに連れて行ってもらったらいいじゃない?」
「お母さんはダメだよ。また怒られるから」
「どういうこと?」
「なんでもない。先生考えといてね?」