俺たちは家に帰っていた。
今できることは陸からの反応を待つことだけだ。
陸は今頃何をしているのか、とても心配だった。
親に虐待をされて、人生が嫌になってしまうこともあるかもしれません。
もしそうなったとしたら、大変なことになる。
俺は陸に連絡をしたかったが、母親の連絡先しか知らされていないのだ。
もし母親に連絡して、変な言いがかりでもかけられたら大変だ。
やはり今は陸からの連絡を待つほかなかったのだ。
「陸?あんた宿題したの?」
凪子が陸を呼んでいる。
陸は自分の部屋でぼーっとしていた。
陸の部屋には勉強机と、ベッドしかなかった。
ゲームはもちろん、おもちゃすらなかった。
妹の空の部屋にはたくさんのおもちゃがあり、服もたくさんあった。
「陸?陸?」
陸はなかなか降りてこない。
凪子は徐にスマホを見た。
スマホにはゲイブリエルに電話をかけた履歴が表示されていた。
15分ほど電話したことになっているのだ。
凪子は眉間にシワを寄せた。
凪子は井崎と会った日のことを思い出していた。
凪子がゲイブリエルに15分も電話をした記憶などなかったのだ。
どういうことなのか。
いつ電話をしたのか見てみた。
その時のことを思い出した凪子は、陸を呼ぶのをやめた。
「ねえ陸?宿題は終わったの?」
陸は頷いた。
「まあ偉いわね。陸は賢いわ。お母さんが何も言わなくてもちゃんと宿題をするんですもの」
凪子の態度は前と変わっていた。
「ねえ、陸は明日何か食べたいものはある?」
凪子が陸に食べたいものを聞くなんて奇跡に近いことだ。
陸は聞かれたことのない質問に戸惑ったが、「ハンバーグ」と答えていた。
「あれから陸くんは全然音沙汰なしだね。もうここへやってくることはないのかな」
「そうだな。あれから一ヶ月経ったからね。もう来ないかもしれない」
「そうだとしたら、陸は幸せなのかな。おそらく母親の虐待は続いているだろうし、その上、母親が陸を監視するようになっていたら大変だ」
ゲイブリエルの顔は曇った。
「そうだね、でも俺たちには何もしてあげられることはないんだ」
「ああ」
俺の心は少し傷んだ。
あれから一ヶ月が過ぎ、俺たちの記憶からも陸のことが薄れ始めていた。
畑には芽が芽吹き始め、ようやく畑らしくなってきた。
借りた田畑には自家栽培のための野菜と米を植えていた。
まずは自分たちの分だけ栽培し、慣れてきたら、就農しようかと考えていたのだ。
ゲイブリエルは相変わらずHP製作会社で働いていた。
ゲイブリエルはデザインの才能もあったため、多くのページの製作を担当させられていた。
俺は余ったお金で株のデイトレードやその体験記を書いたブログをしながら生計を立てていた。
陸が家に帰って二ヶ月ほどの経ったゴールデンウィークの始めに俺は田畑の手入れを行なっていた。
有機野菜を育てていたため、雑草を抜く作業はいくら行なっても尽きなかった。
太陽の光が頭上を舞い、ちょうど汗を拭いたところで、遠くの方に少年の姿が見えた。
「おじさーん」
陸は少し成長して、また井崎家にやってきたのだ。